もうひとつの、蜜白玉のひとりごと

些細な出来事と記憶の欠片

カオナシあるいは虚無

いろいろなことが進行中。こんなに気忙しいのに、でもどれもこれも私のことじゃない。こっちは誰かの代理、あっちは誰かの手伝い。

それも悪くない。当てにされれば、自然と力もわく。頼ってくれてうれしい。そしてたぶん、私ならやれる。どんと来いだ。それらを通じて学ぶことや得るものがたくさんあるというのも、もう十分すぎるほど知っているはず。

でも、足を止めるとふとさびしくなる。私自身のことって、どこにあるんだろう。今もそれが全然わからない。見えない何か。あるいは、名前をつけられない何か。属性じゃなくて。

・・・なんて言ってこねくりまわしてふてくされてもどうにもならないから、自分にぐっと引きよせて、私なりの意味を見つけるしかない。やりたくないわけではないのだ。ただ、やればやるほど、自分が薄まっていく気がするのはどういうわけなのだろう。

夫にもいつだったか、「流され過ぎ、自分がないよ」と言われたな、そういえば。まったく耳が痛いことである。

千と千尋の「カオナシ」や、果てしない物語の「虚無」のことを思い出している。